22日 和歌山県本部訪問 午後

すさみ町職

午前中の時間が押してしまい午後の最初の訪問単組すさみ町職に着いた時は、約束の時間を過ぎていました。それでも書記長、書記次長が待っていてくれましたが、どちらも午後の会議の時間ぎりぎり。バタバタと写真を撮って次の目的地白浜町へ向かいました。ごめんなさい。

白浜町職は前県本部の執行委員の孫入さんが帰って書記長を務めています。

白浜町職

上富田町では前回訪問の際はホワイトボードを使って公務員制度改革の話をした単組。その時と同じ部屋で意見交換です。

上富田町職

2年前は田辺市庁舎の前で朝立ちをしました。寒かったことを覚えています。前日は皆さんとお酒も飲みました。

田辺市職

県職西牟婁支部

紀南病院職

紀南病院を訪問した時辺りはもう薄暗くなっていました。最後は県本部に戻り公共サービス協議会の総会にぎりぎり間に合ってあいさつをしました。そして増田委員長の車で関西空港へ。20時20分の羽田行きに飛び乗り、和歌山県本部への弾丸ツアーは終了しました。皆さん、ありがとうございました!

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22日 和歌山県本部訪問

2月22日は和歌山県本部を訪問。県内を回ろうと思えば最低3日は必要です。でも1年経験して3日連続の日程調整はほぼ不可能に近いことがわかりました。こうなったら夜入って翌日夜帰る1泊1日の弾丸ツアーしかない!と和歌山県本部に無理をお願いしました。昨夜9時に那智勝浦町に着き、今朝は朝8時に那智勝浦町職を訪問しました。昨年の夏の台風災害の処理で町はまだ大変な状態。技術職の不足がここでも深刻です。県内で一番多い27人の方が犠牲になり、中でも寺本町長はご家族2人を亡くされています。その寺本町長にも話を伺いました。


那智勝浦町職の執行部の皆さん


県職東牟婁支部の貝岐(「かいはみ」と読みます)支部長(左)、關さん、森永さん

東牟婁支部は2年前に庁舎の前で朝のあいさつをさせてもらったところです。


巽委員長(左)、古座川町職執行部の皆さん

午前中の最後は串本町。杉本委員長(右)は国家公務員の給与削減の地方への影響を危惧し、国会で頑張って欲しいと話します。


串本町職執行部の別れを言って、近くの鰻屋さんで昼食。これで午前中の行動終了しました。

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福島の再生に向けて何をすべきか。

先週の土曜日18日は朝の新幹線で福島市へ。午後からの福島県本部地財セミナーで「震災復興財源と福島の再生」という題で1時間とちょっと話をし、その後意見交換を行いました。復興財源はそれなりに措置されてきています。しかし、本当にこれが福島の復興、再生につながるかといえば正直に言って自信がありません。放射能被害という現実を知れば知るほど先が見えないという現実を直視せざるを得ないのです。本当に除染は成功するのか? 除染で発生する膨大な汚染物の処理をどうする? 人々はまた戻ってくるのか?雇用は? 医療は? 買い物は? 学校は?・・・すべてに?つかざるを得ない中で「再生」の声だけが響きます。

講演の冒頭で、「私自身がこの復興予算が福島の再生につながるかわからない。考えるほどに先が見えない。今日は講演というより悩みを話しにここまできたようなもの。どうか皆さんの率直な意見を聞かせて欲しい」と話すしかありません。

被災自治体では人員不足、特に技術や保健などの専門職の不足が復興、再生のブレーキになりつつあります。発災直後の異常な事態を乗り越えはしたものの、恒常的な心身の疲労が職員を蝕みつつあるのです。

放射能から守るために家族を避難させ二重、三重の生活を強いられています。中には遠く山形県から通勤する職員もいると聞きます。長時間の車通勤の疲労と業務の疲労を心配し、首長から転居を命じられた例も報告されています。

市民が被災のいらだちをぶつけるのも自治体の職員。賠償など本来なら東電への質問苦情も自治体に寄せられます。こんな状況の中、退職者も増え、加えて「心の病」で職場を離れる職員が激増しているのです。支援のための各自治体からの職員派遣も希望の半数程度にとどまっています。国は「特別交付税で措置したので正規職員の採用も可能」と言いますが、将来設計が不可能な被災自治体は正規職員の採用に踏み切れないでいます。例え公募しても福島だからでしょうか、思うように人が集まらないとも聞きます。

どんなに予算をつけてもそれを執行する自治体の業務が進まなければ、再生には時間がかかることは明らかです。しかしそんな現場のことが論じられる機会はあまりありません。このままでは福島の再生という国家的事業の中で自治体現場が崩れ、結果、再生が進まなくなると言っても過言ではないでしょう。政府も県も市町村も政党もお互いが知恵を出し合い、協力しなければ問題は解決しません。こんな時に政局に時間を費やしている時間があるわけがないのです。

こうしている時も現場では業務がとまることはありません。一人ひとりの懸命の努力が積み重ねられています。

そんな思いを重ねあう意見交換を終えると再び新幹線に飛び乗り、次の目的地の埼玉県熊谷市へ向かいました。埼玉県本部の労働学校の交流会に参加するためです。その話はこちらへ。

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お礼状が届きました。

先日参加させていただいた群馬県伊香保温泉での藤岡、沼田、渋川の3市合同学習会のお礼状が、三単組を代表して藤岡市職委員長の清水さんから届きました。嬉しい限りです。こちらこそ良い経験をさせていただきました。こんな仕事をしていて幸せに思うのが、若い人達と話す機会があることです。自分の子ども世代ですが、話を聞くことで勉強になるし刺激にもなります。良い機会をつくってくださった県本部、3単組、参加者の皆さん、ありがとうごいました。今度是非、国会見学に来てください。お待ちしています。
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2月14日 運輸労連政策推進議員懇談会の勉強会

江崎議員が事務局長を務める「運輸労連政策推進議員懇談会」の勉強会を開催しました。

今回の勉強会のテーマは、現在衆議院で継続審査の扱いになっている「交通基本法案」について。交通には「人の流れ」と「物の流れ」がありますが、この法案は人流が中心となっているので、物流の視点を強化することが必要となっています。運輸労連の高松副委員長から、運輸労連の考えを聞くとともに、国土交通省の担当者を交え意見交換を行いました。

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群馬県の11日

土曜日の11日は八ッ場ダムの建設現場を青木副委員長の案内で2年ぶりに訪問しました。前回訪ねたときは建設凍結で地元が動揺していたときでした。マニュフェストでは確かに「中止」としたものの、政権交代後の突然の当時の前原国交大臣の中止発言だったので、地元の反発を呼んでいました。本体工事を有する長野原町職の皆さんとの話も、政治的に緊張感のある事項なのでダムに関しての会話は全くできませんでした。そんな時でした。そこから本体工事は止まったままでしたが、付帯工事は進められます。前回来た時にまだ完成していなかった天空の橋が完成し通れるようになっていました。両山の中腹には水没する住宅が移転する新しい住宅地が造成中です。遥か上空の橋はこの住宅地間を結ぶもの。

この橋の上から下を覗くと本当に足がすくみました。

一望できるこの谷間がダムが完成すれば沈むことになります。遥か下に堰き止められる吾妻川が流れています。

凄いダム工事であることが想像つきます。そして本体工事が進みだすことになります。地元の反対を押し切って進められてきたダム工事。断腸の思いで工事を受け入れたにもかかわらず、政権が変わり突然の中止。そして再度建設開始の決定。民主党政権の責任も大です。政治に翻弄され続け苦悩するはいつも地元であり、国民です。公共事業のあり方、政治の対応の仕方すべてを見直さなければなりません。

八ッ場ダムを後にして渋川市、沼田市、藤岡市からみんなが集まってくれている伊香保温泉の旅館へ向かいました。土曜日というのに若い青年女性を中心に100人近くが集まってくれました。3市合同の学習会をする企画が実現し、その栄えある最初の講師に僕を選んでくれたのです。感謝です。集会と交流会の話は⇒ここをクリックしてください。

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群馬県の2月10日

翌日の10日は8時30分にホテルを出て伊勢崎市職、全国一般冨士ハム労組、全国一般大島病院労組、群馬県社会福祉事業団労組、全国一般恵風会労組、市町村共済労、そして最後に県本部の中央委員会であいさつし、終了。夜は組織内議員団との交流会でした。

伊勢崎市職の皆さん

社会保険事業団労組の皆さん

県本部中央委員会であいさつ

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8日から12日まで群馬県本部にお邪魔しました。その8日と9日

群馬県本部中央委員会への参加に合わせ、その前後の時間を使って、選挙後行けていなかった単組訪問を計画しました。

8日の本会議が終了し、すぐに新幹線で高崎市へ。高崎市の春闘学習会に参加し30分の国会報告を行いました。(下の写真ですが、撮ったのが僕です(笑い))

翌日、後藤県議と林市議と一緒に市役所前での街頭演説(この話はこちらを⇒トンカジョン)を行なって県職労へ。

群馬県職労の皆さんと

県庁を出てすぐ横の前橋市庁舎へ。

前橋市職の皆さん

そこから少し車に乗って桐生市へ向い、昼の集会にお邪魔しました。

桐生市職の昼休みの集会

桐生市を出て、寒さに耐え切れずユニクロのヒートテックを途中で買って、みどり市へ。

みどり市職の皆さん

途中で宮川さん(県本部執行委員)と待ち合わせして全国一般労組の三枚橋病院を訪問。宮川さんとは選挙以来でした。そこから太田市へ。太田市では会議室で意見交換。

太田市では委員長から質問が

太田市から大泉町を経て、今日最後の集まりの邑楽町職の集会で1時間の講演を行いました。

大泉町職の皆さん

邑楽町の集会の最後の団結ガンバローを後ろから

集会の会場を後にし太田市のホテルでチェックイン。その後の邑楽町、太田市のみんなとの懇親会の話はこっちへ⇒トンカジョン

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樽床幹事長代行と福島を訪問

先週土曜日に樽床幹事長代行の福島視察に同行しました。被災後に冬の福島に入るのは初めてです。1月28日の早朝から活動のため27日の夜に郡山市に入り、民主党福島県連の皆さんと懇親会がありました。

28日は朝7時30分にホテルを出て会津若松市に向かいました。ここのところの寒波もあって会津地方へ向かう車の窓から見える風景は段々と雪深くなります。もともと会津は雪国ですから当然ですが。会津若松市にある大熊町役場でこれまで何度もお会いしている渡辺町長から話をうかがいます。思えば私が最初にこの役場に伺ったのは昨年の5月のこと。あの頃は仮設住宅建設の目処さえ立っていませんでした。そして季節は冬。大熊町は原発に近いため、避難生活は長期化、未だ先が見えない状態です。

玄関前は雪が凍って滑りやすくなっていました。

春の会津と冬の会津の違いに驚きつつ、意見交換の後、町長の案内で河東町にある仮設住宅を訪問しました。樽床代行が来るということで、住宅の皆さんが朝6時から雪かきをされたと聞いて申し訳なく、ありがたく、本当に感謝です。着いてすぐに仮設住宅の会長さんの家の中を見せてもらいました。マスコミも同行なので代行を先頭に大勢が部屋へ。1DKの間取りは収納スペースが無いので非常に狭いのが現実。会長さんは「文句は言えないが、できれば収納庫があればなあ」と話されました。窓には、梱包用に使う気泡緩衝シート(あのプチプチシート)が貼ってありました。こうすることによって結露が少なくなったそうです。

本音で話そうという樽床代行(手前)の意向に応えて、率直な意見を話す皆さん。

その後、集会所で住民の代表の皆さんに集まってもらい忌憚のない意見を聞くことができました。

午後は郡山市に戻り、今日(31日)に村長が帰村宣言をする川内村の仮役場をお邪魔しました。土曜日ですが猪狩副村長、井出総務課長に応対して頂きました。4月1日から郡山市にある仮役場を川内村に戻し、全村民帰村を目指すとのことでした。雇用の場の確保、除染などなど課題は山積ですが、復興に向けて大きな一歩を踏み出す覚悟を聞きました。

全村帰村に向けての計画を話す猪狩副村長(左)と井出総務課長

 

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明日から国会開会。国会対策副委員長という新たな仕事が増加^^;

明日24日、第180回通常国会が開会します。難題山積の国会となりますが公務員制度改革関連法案はじめ、何としても成立させなければならない法案も目白押しです。頑張らなければなりません。

そんな中で参議院の国対から電話上がり、至急電話を欲しいとのこと。折り返し電話をすると、羽田国対委員長から今国会から参議院の国対副委員長の任につくようにとのこと。新人議員に国対の仕事を経験させることで、国会の仕組みを勉強させるとの考えを聞いていましたが、まさかここで私に回ってくるとは思いもよりませんでした(^_^;)

その第1回の会議が今日の15時から開催されました。国会開会中の火曜から金曜まではほぼ毎日開かれるそうで、最優先で参加するようにと念を押されました。どうなることやら。最初から大変そうな通常国会です。ちなみに相原参議もメンバーです。

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