民進党 参議院議員 [比例代表] えさきたかし(江崎 孝)

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えさきたかしとは

Q1幼少期はどのような子どもでしたか?エピソードなどあればお願いします。

A1大川市で生まれ、小学校に入る前に、隣町の今の柳川の家に引っ越してきました。母の話では、引っ越す前までは近所の同級を引き連れて幼稚園に行っていたそうです。ところが引っ越して一転。なかなか新しい園に馴染めない。不登園になり、一人でご近所を回って遊んでいたとのこと。平気で近所の家に入り込んで、おじさん、おばさんと話をしていたようです。
ところで不登園になったときにそこを牛耳っていた園児は、小中高一緒の友人で今の親友でもあります。

Q2小学生、中学生、高校生、大学生のころの議員は、それぞれどのような学生生活を送っておられましたか?エピソードがあればお願いします。

A2
えさきたかしとは
自分的には一生懸命勉強した思い出がありません。唯一頑張ってたのではと思う時代は、高校2年で人生最悪の成績に落ち込んだとき。愕然とし一念発起して勉強しだしたのが3年生にあがるころから。でももう遅かった、でもそんな時でもバイクの免許を自動車学校に行かずに一般で取ろうとしていました。先に免許取った親友が朝の5時ころバイクで家に来てくれて、空き地で練習に付き合ってくれていました。おかげで実地は試験場で4回か5回で取れたと記憶しています。
大学の時は勉強していません。卒論も書きませんでした。書かなくても単位が取れていたので、止めてしまいました。
一番の思い出は、大学4年生のとき、親友と一カ月間、アメリカ横断旅行をしたこと。いろんなことがありました。もちろんトラブルも。就活の大切な夏休みにそんなことやってますから、就職する気がなかったということですね。卒業してしばらく海外で暮らしてみようかなと漠然と思っていた。
ところが父親は最後は折れたのですが、母親がそんなことには大反対。うちは母親が保守的でした。説得するのが嫌になり、4年生の秋から就職先を見つける始末です。そこで受かったの三橋町役場だったというわけであります。
小学生のときの思い出は、あだ名のこと。3年生くらいの時の授業で仮分数が出てきます。分子が分母より大きいやつです。その授業のとき、先生が僕を立たせて、「江崎を良く見ろ。これが仮分数だ。頭が体より大きいだろ。マッチの棒だ」とやってくれました。そんなことあり!?って感じです。小さいころの僕は確かに頭が大きかった。坊主にしていた幼稚園時代の写真は、転びそうと思うほど頭の大きな写真があって、これがいやでいやで、密かにアルバムからはがしていたほど。家に来た友達が死ぬほど笑う。これは傷つきました。あの授業以来、僕のあだ名は「頭でっかちマッチの棒。仮分数や~い」でした。いじめです。そんなこと言った先生ですが、一番気に入ってた先生ですからおかしなもんです。大学のときのアメリカ行きの相談もするくらいの仲。もう亡くなられました。
ところがこれには後日談があります。正直、仮分数なんていうあだ名は日本中で僕一人と確信的に思っていた。ところがいた。もう一人いたんです。それもあの人。小沢一郎さん。小さい時のあだ名が「仮分数だった」となんかの手記に書いてあった。同じ職業になって、ご本人にそのことを話してみました。「へ~そうなの」と余りリアクションがなかったな。

Q3三橋町役場(自治体職員)を志望したきっかけは何ですか?

A3すいません。前記のとおり、あまり大志はありません。ただ人のためになりたいと福祉関係の仕事を面接の時に希望したのですが、18年間の役所生活で一度も希望はかなえられぬじまいでした。

Q4労働組合の活動を始めるきっかけを教えてください。

A4
えさきたかしとは青年部や職場の先輩からの勧めです。13人の同期の中で、一番最後まで加入に抵抗していたのが僕だったと思います。「回り全員組合ばい。入らんといかんめ~」という友人。回りがみんな入っているんでというのが加入の大きな理由でした。まあ当たり前のこととといったら当たり前です。でもなんか気に入らず、斜に構えていました。結局加入申込書は出すのですが、最後まで抵抗しました。
その後は、まあ本読んだり、議論したり、労働学校に行ったりで学生のときより勉強したと思います。特に先輩方とは酒を飲んで良く論争しました。不思議と同世代とそんな議論をしたことは余り記憶にない。ほとんど年上の先輩だった。
面白いことに卒論のテーマが「戦後日本の保守政治」で、なぜ自民党政権が長く続いているかを研究したのですが、前述したように単位が必要なかったので、完成させずに卒業。結局社会人になって労働運動を通じて、そのテーマを追っているような気がしています。長く続く保守政治はなぜか。どうやったら政治は変えれるか。政策を変えることができるか。なんかライフワークになった感じです。

Q5
労働組合の活動が議員自身にもたらした影響があれば教えてください。

A5えさきたかしとはいっぱいあります。知識は当然として、話をしたり文章を書いたりする表現力、人や組織を動かしたりするマネージメント力、知人の広がり出張で旅をすることによる世界観の広がりなどなど。労働運動や仕事で基礎をつくったおかげで、今も様々な点で進化していると思います。手前味噌ですが。

Q6
参議院議員として、どのような社会の実現を目指していらっしゃるか、お聞かせください。

A6えさきたかしとは卒論のテーマですが、やはり日本には幅の広い保守が政治の核であり大きな塊。ヨーロッパやアメリカのように保守に対峙する価値観の勢力、例えばリベラル的勢力が育っていない。民主党の拡大により、そこがそうなると思っていた。ところがそうはならず瓦解してしまった。この立て直しを地道やるしかない。いつかかならず出番、その時がきます。

Q7サッカーがお好きだということですが、印象に残る思い出や、好きなチーム、プレイヤーなどがあれば教えてください。

A7中学校の郡大会で20mくらいのミドルシュートが決まったこと。好きなチームはアビスパ福岡よりサガン鳥栖。選手はちょっと古いですが、ロベルト・バッジョ。顔もスタイルもプレーもかっこ良かったな。ポニーテールのサッカー選手って他にはいない。

Q8今、現場で汗を流す働く者、自治体職員、組合活動を行っている人たちなどに、贈る言葉があれば、お願いします。

A8俯(うつむ)くなかれ!

えさきたかしが、以前から自治体職員、自治労組合員へ励ましの思いを込めて訴える詩
「俯くなかれ」

仲間の話題が紙面をにぎわす
確かにまじめとはいえない者がいる 確かに許しがたい不届き者もいる
世間は彼らの行いを見て 君たちすべてがそうだという
俯くなかれ 圧倒的多数のまじめで一途な君たちがいるではないか

都会が塵で埋まることはない 人は断水を知らず、安全があたり前だと思う
しかし、そんな暮らしを守るため、頑張る君たちの姿に気付かない
人は、兎追いし彼の山と唄い、故郷を思う
しかし、高齢化と過疎で苦しむ現実の故郷を死に物狂いで守っているのは
誰が何と言おうと君たちだ
為政者が行った愚策は、まちからにぎわいを消した
しかし、まちを愛し、そこで働く君たちはくやしさを噛み締めながらも、
もう一度、活気を取り戻そうと頑張っている
この国の福祉の貧困に怒りながら
精神的、肉体的苦痛の対価としては、余りにも少ないその額に憤りを覚えながら
それでも必死で介護する君たちがいる

自治労組合員よ、俯くなかれ
派手さもなく、かっこ良さもない
人々の命と暮らしを守るとは、そういうことなのだ
一生懸命で、まじめで、まちやむらを愛する君たちのそんな姿を
きっと、この国のみんなは見ている


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